分離拡大の「分離」とは
はじめに
これは、数理の翼OB・OG会である「湧源クラブ」という団体で発行されている会誌「Le puits des puits」の2026年6月号に寄稿した内容を外部向けに少し修正し、公開したものになります。
「分離」という名を冠する分離拡大を幾何的に捉え、実際に点が分離することを、次の三つの言葉がどう関係しているかを通して確認する。
分離拡大分離代数幾何学的被約
注意. ここでいう「分離」は、分離スキームの意味での separated ではなく、体の拡大や代数に対する separable の意味である。
分離スキームとは、射 X→SX\to SX→S の対角射
ΔX/S:X→X×SX\Delta_{X/S}:X\to X\times_S XΔX/S:X→X×SX
が閉埋め込みであることをいう。
これは位相空間における Hausdorff 性に対応する条件であり、基礎体の拡大によって nilpotent が現れるかどうかを測る条件ではない。
たとえば純非分離拡大 L/kL/kL/k に対して
SpecL→Speck\operatorname{Spec} L\to \operatorname{Spec} kSpecL→Speck
は有限射なので分離射である.
しかし L/kL/kL/k は分離拡大ではなく,代数閉包へ基礎体を拡大すると nilpotent が現れることがある.
したがって、separated と separable は名前は似ているが、本質的には異なる概念である.
分離拡大から分離代数へ
まず体拡大の場合から始める。
定義. 体 kkk 上の多項式 f(T)f(T)f(T) が分離多項式であるとは、代数閉包の中で重根を持たないことをいう。
命題
既約多項式 f(T)∈k[T]f(T)\in k[T]f(T)∈k[T] について、fff が分離多項式であることは、形式微分 f′(T)f'(T)f′(T) と f(T)f(T)f(T) が共通根を持たないことと同値である。特に f′(T)≠0f'(T)\neq 0f′(T)=0 なら既約性から fff は分離的である。
定義. L/kL/kL/k を代数拡大とする。L/kL/kL/k が分離拡大であるとは、任意の α∈L\alpha\in Lα∈L について、α\alphaα の kkk 上の最小多項式が分離多項式であることをいう。
注意. 標数 000 の体では、既約多項式の微分が 000 になることはない。したがって標数 000 の体の代数拡大はすべて分離的である。有限体も完全体なので、有限体上の代数拡大はすべて分離的である。つまり非分離性が本当に現れるのは、主に正標数の不完全体の上である。
例. chark=p>0\operatorname{char} k=p>0chark=p>0 とし、a∈ka\in ka∈k が kkk の ppp 乗でないとする。このとき
f(T)=Tp−af(T)=T^p-af(T)=Tp−a
は既約になり得るが、形式微分は
f′(T)=pTp−1=0f'(T)=pT^{p-1}=0f′(T)=pTp−1=0
である。根を α\alphaα とすれば、拡大体の中で
Tp−a=Tp−αp=(T−α)pT^p-a=T^p-\alpha^p=(T-\alpha)^pTp−a=Tp−αp=(T−α)p
となるので、fff は重根を持つ。したがって k(α)/kk(\alpha)/kk(α)/k は分離拡大でない。このような現象が純非分離拡大の基本例である。
注意. 分離拡大の定義は一見すると「多項式の根の重複」の話だが、代数幾何に入ると次のテンソル積による言い換えが本質的になる。
命題
L/kL/kL/k を有限拡大とする。このとき L/kL/kL/k が分離拡大であることと、任意の体拡大 K/kK/kK/k に対して L⊗kKL\otimes_k KL⊗kK が被約であることは同値である。
たとえば L=k(α)L=k(\alpha)L=k(α)、L≃k[T]/(f)L\simeq k[T]/(f)L≃k[T]/(f) と書けるとする。基礎体を KKK に拡大すると
L⊗kK≃K[T]/(f)L\otimes_k K \simeq K[T]/(f)L⊗kK≃K[T]/(f)
になる。もし fff が K[T]K[T]K[T] で重根を持てば、商環には nilpotent が現れる。反対に fff が分離多項式なら、どの拡大体に移しても重根は出ず、したがって被約性が保たれる。
この観点では、分離拡大とは「体としての拡大であって、しかも基礎体の拡大で nilpotent を生まないもの」である。ここから体であることを外すと、自然に分離代数、より一般には分離多元環の定義に至る。
定義. AAA を有限次元結合 kkk-多元環とする。AAA が kkk 上分離多元環であるとは、任意の体拡大 K/kK/kK/k に対して
A⊗kKA\otimes_k KA⊗kK
が半単純 KKK-多元環であることをいう。
この定義は、体の分離拡大を結合多元環へ拡張したものである。
注意. ここでいう多元環は一般に可換とは限らない意味で用いている。
定義. AAA を結合 kkk-多元環とする。包絡多元環 Ae=A⊗kAopA^e=A\otimes_k A^{\mathrm{op}}Ae=A⊗kAop の元
p=∑ixi⊗yip=\sum_i x_i\otimes y_ip=i∑xi⊗yi
が
∑ixiyi=1,ap=pa(∀a∈A)\sum_i x_i y_i=1,\qquad ap=pa\quad(\forall a\in A)i∑xiyi=1,ap=pa(∀a∈A)
を満たすとき、ppp を分離べき等元という。
命題
有限次元結合 kkk-多元環 AAA が分離多元環であることと、AAA が分離べき等元を持つことは同値である。
注意. この記事では代数幾何との接続を見たいので、以後は可換な場合を主に考える。
命題
有限次元可換 kkk-代数については、
半単純⟺被約
\text{半単純}
\quad\Longleftrightarrow\quad
\text{被約}
半単純⟺被約
である。
証明. 有限次元可換 kkk-代数は Artin 環なので、被約なら有限個の体の直積になり、逆に体の直積は被約である。□\square□
命題
可換有限次元の場合には、
A が分離多元環⟺A⊗kK が任意の K/k で被約.
\begin{gathered}
A \text{ が分離多元環}\Longleftrightarrow A\otimes_k K \text{ が任意の }K/k\text{ で被約}.
\end{gathered}
A が分離多元環⟺A⊗kK が任意の K/k で被約.
注意. 本稿では、可換な分離多元環を、代数幾何の文脈に合わせて単に分離代数と呼ぶ。
命題
有限分離拡大 L/kL/kL/k は分離代数である。したがって
分離拡大⊂分離代数.
\text{分離拡大}\subset \text{分離代数}.
分離拡大⊂分離代数.
たとえば代数閉包上では、有限可換分離 kkk-代数は有限個の点の直和
A⊗kk‾≃k‾×⋯×k‾A\otimes_k \overline{k}\simeq \overline{k}\times\cdots\times\overline{k}A⊗kk≃k×⋯×k
のように見える。幾何学的には、分離代数とは「有限個の点からなる 000 次元代数多様体で、代数閉包に移しても点が厚くならないもの」である。
分離代数から幾何学的被約へ
次に、有限個の点から一般の kkk-スキームへ視点を移す。代数幾何で自然に現れる対象は、有限個の点だけではなく曲線や曲面である。そのため分離代数の条件を、基礎体拡大後の局所環の言葉に翻訳しておく必要がある。
定義. kkk-代数 AAA が kkk 上幾何学的被約であるとは、任意の体拡大 K/kK/kK/k に対して
AK:=A⊗kKA_K:=A\otimes_k KAK:=A⊗kK
が被約環であることをいう。
定義. XXX を kkk 上のスキームとする。XXX が幾何学的被約であるとは、任意の体拡大 K/kK/kK/k に対して XKX_KXK が被約であることをいう。
命題
X=SpecAX=\operatorname{Spec} AX=SpecA が kkk 上のアフィン代数多様体(i.e. Speck\operatorname{Spec}kSpeck 上 of finite type であるアフィンスキーム)であるとき、XXX が幾何学的被約であることと、AAA が幾何学的被約な kkk-代数であることは同値である。
命題
AAA が kkk 上の分離代数なら、X=SpecAX=\operatorname{Spec} AX=SpecA は kkk 上幾何学的被約な代数多様体である。
証明. 定義より、任意の体拡大 K/kK/kK/k に対して
AK:=A⊗kKA_K:=A\otimes_k KAK:=A⊗kK
は半単純 KKK-多元環である。いま AAA は可換なので AKA_KAK も可換であり、可換な有限次元半単純代数は有限個の体の直積である。したがって AKA_KAK は被約環である。
一方、AK=A⊗kKA_K=A\otimes_k KAK=A⊗kK と書くと、
(SpecA)K=SpecA×SpeckSpecK≃SpecAK(\operatorname{Spec} A)_K
=
\operatorname{Spec} A\times_{\operatorname{Spec} k}\operatorname{Spec} K
\simeq
\operatorname{Spec} A_K(SpecA)K=SpecA×SpeckSpecK≃SpecAK
である。右辺の環が被約なので、代数多様体 (SpecA)K(\operatorname{Spec} A)_K(SpecA)K は被約である。これは任意の体拡大 K/kK/kK/k について成り立つ。よって SpecA\operatorname{Spec} ASpecA は kkk 上幾何学的被約である。□\square□
命題
分離代数は幾何学的被約である。すなわち、
分離代数⊂幾何学的被約
\text{分離代数}\subset \text{幾何学的被約}
分離代数⊂幾何学的被約である。
例. k[x]k[x]k[x] は有限次元 kkk-代数ではないので、上の意味での分離代数ではない。しかし任意の体拡大 K/kK/kK/k に対して
k[x]⊗kK≃K[x]k[x]\otimes_k K\simeq K[x]k[x]⊗kK≃K[x]
は被約だから、Ak1=Speck[x]\mathbb{A}^1_k=\operatorname{Spec} k[x]Ak1=Speck[x] は幾何学的被約である。
非分離性が作る nilpotent
ここまでを踏まえて、「分離」とは何かということを幾何学的に理解するための例を見てみる。
例. chark=p>0\operatorname{char} k=p>0chark=p>0 とし、a∈ka\in ka∈k は ppp 乗でないとする。A:=k[T]/(Tp−a)A:=k[T]/(T^p-a)A:=k[T]/(Tp−a)、X:=SpecAX:=\operatorname{Spec} AX:=SpecA とおく。k‾\overline{k}k の中で αp=a\alpha^p=aαp=a となる α\alphaα を取ると、
Xk‾=Spec(A⊗kk‾)≃Speck‾[ε]/(εp)X_{\overline{k}}
=
\operatorname{Spec}(A\otimes_k \overline{k})
\simeq
\operatorname{Spec} \overline{k}[\varepsilon]/(\varepsilon^p)Xk=Spec(A⊗kk)≃Speck[ε]/(εp)
である。k‾[ε]/(εp)\overline{k}[\varepsilon]/(\varepsilon^p)k[ε]/(εp) は局所 Artin 環であり、かつ整域でないので Xk‾X_{\overline{k}}Xk の位相空間は一点だが、構造層には nilpotent 元 ε\varepsilonε がある。つまり代数閉包への基礎体拡大によって、点の個数は変わらずにスキーム構造だけが厚くなる。
一方、分離拡大の具体例として C/R\mathbb{C}/\mathbb{R}C/R を考える。A=R[T]/(T2+1)A=\mathbb{R}[T]/(T^2+1)A=R[T]/(T2+1) とおくと、A≃CA\simeq \mathbb{C}A≃C は R\mathbb{R}R 上の分離代数であり、
A⊗RC≃C[T]/((T−i)(T+i))≃C×CA\otimes_{\mathbb{R}} \mathbb{C}
\simeq
\mathbb{C}[T]/((T-i)(T+i))
\simeq
\mathbb{C}\times \mathbb{C}A⊗RC≃C[T]/((T−i)(T+i))≃C×C
となる。したがって X=SpecAX=\operatorname{Spec} AX=SpecA は R\mathbb{R}R 上では一点に見えるが、XC=Spec(A⊗RC)X_{\mathbb{C}}=\operatorname{Spec}(A\otimes_{\mathbb{R}}\mathbb{C})XC=Spec(A⊗RC) は二つの点に分離する。
この二つの例は、次のように比較できる。
まとめ
命題
以上をまとめると、可換という条件が必要ではあるが、三つの概念は次のように並ぶ :
分離拡大⊂分離代数⊂幾何学的被約
\text{分離拡大}
\subset
\text{分離代数}
\subset
\text{幾何学的被約}
分離拡大⊂分離代数⊂幾何学的被約
おわりに
以上の観点から見ると、分離性とは単に多項式が重根を持たないという条件ではなく、代数閉包に移したあとも点が nilpotent な厚みを持たないという幾何学的条件である。そしてグロタンディークのガロア理論は、まさにそのような「厚みを持たない有限被覆」、すなわち有限エタール被覆を通して空間の対称性を調べる理論である。この意味で、分離拡大から分離代数へ、さらに幾何学的被約性へという流れは、古典的ガロア理論からグロタンディークのガロア理論へ至る入口になっている。
参考文献
- 雪江 明彦 『代数学2 環と体とガロア理論』 日本評論社、2010.
- 松村 英之『可換環論』共立出版、2000.
- Qing Liu, Algebraic Geometry and Arithmetic Curves, Oxford University Press, 2002.
- Robin Hartshorne, Algebraic Geometry, Graduate Texts in Mathematics 52, Springer, 1977.
- Francis Borceux and George Janelidze, Galois Theories, Cambridge Studies in Advanced Mathematics, Vol. 72, Cambridge University Press, 2001.
- Tamás Szamuely, Galois groups and fundamental groups, Vol. 117, Cambridge Studies in Advanced Mathematics, Cambridge: Cambridge University Press, 2009.
- The Stacks Project Authors, Stacks Project. https://stacks.math.columbia.edu/