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MATH NOTES

片側ネーター環では $ab=1$ ならば $ba=1$ である

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#可換環論#松村可換環論#非可換環論

ネーター加群の全射自己準同型と片側ネーター環における左逆元

1. 主張

この記事では次の二つの事実を証明する。

まず、MM をネーター AA-加群とし、f:MMf : M \to M を全射な AA-加群準同型とする。このとき、ff は同型である。

次に、この結果を用いて、片側ネーター環 AA の元 a,bAa,b \in A について、ab=1ab=1 ならば ba=1ba=1 であることを示す。


2. ネーター加群の全射自己準同型は同型である

命題

MM をネーター AA-加群とする。AA-加群準同型 f:MMf : M \to M が全射ならば、ff は同型である。

証明

ff が同型であることを示すには、全射性は仮定しているので、単射性を示せばよい。

n1n \geq 1 に対して、

Kn:=ker(fn)K_n := \ker(f^n)

とおく。このとき、

K1K2K3K_1 \subset K_2 \subset K_3 \subset \cdots

という MM の部分加群の上昇列を得る。

実際、xKnx \in K_n ならば fn(x)=0f^n(x)=0 であるから、

fn+1(x)=f(fn(x))=0f^{n+1}(x)=f(f^n(x))=0

となり、xKn+1x \in K_{n+1} である。したがって KnKn+1K_n \subset K_{n+1} である。

ここで MM はネーター加群なので、部分加群の上昇列条件を満たす。したがって、ある N1N \geq 1 が存在して、

KN=KN+1=KN+2=K_N = K_{N+1} = K_{N+2} = \cdots

となる。

この安定した部分加群を

K:=KN=ker(fN)K := K_N = \ker(f^N)

とおく。


3. 安定した核 KK に対する考察

まず、f(K)=Kf(K)=K を示す。

xKx \in K とすると、fN(x)=0f^N(x)=0 である。したがって、

fN(f(x))=fN+1(x)=0f^N(f(x))=f^{N+1}(x)=0

なので、f(x)Kf(x) \in K である。ゆえに f(K)Kf(K) \subset K である。

逆に、yKy \in K をとる。f:MMf : M \to M は全射なので、ある xMx \in M が存在して、f(x)=yf(x)=yとなる。

このとき yK=ker(fN)y \in K=\ker(f^N) だから、fN(y)=0f^N(y)=0である。

したがって、

fN+1(x)=fN(f(x))=fN(y)=0f^{N+1}(x)=f^N(f(x))=f^N(y)=0

となる。

よって xKN+1x \in K_{N+1} である。

しかし KN+1=KN=KK_{N+1}=K_N=K だから、xKx \in K である。したがって y=f(x)f(K)y=f(x) \in f(K) である。

以上より、

f(K)=Kf(K)=K

が成り立つ。


4. Nakayama の補題を利用する

K=ker(fN)K=\ker(f^N) なので、KK 上では fN=0f^N=0 である。

ここで、KKA[T]/(TN)A[T]/(T^N)-加群とみなす。ただし、TT の作用を ff によって定める。つまり、

Tx:=f(x)T \cdot x := f(x)

とする。

KK 上では fN=0f^N=0 なので、

TNx=0T^N \cdot x = 0

であり、この作用は確かに A[T]/(TN)A[T]/(T^N)-加群構造を定める。

(この、AA 加群 MMf ⁣:MMf \colon M \to M を用いて A[T]A[T]-加群とみなすのは、松村可換環論などでよく見られるように、可換環論の基本的なものある。)

また、先ほど示した f(K)=Kf(K)=K は、この加群構造のもとで

K=TKK = TK

を意味する。

ここで、R:=A[T]/(TN)R := A[T]/(T^N) とおく。イデアル (T)R(T) \subset R は nilpotent である。実際、

(T)N=0(T)^N=0

である。したがって (T)(T)RR の Jacobson 根基に含まれる。

また、MM はネーター加群なので、その部分加群 KK もネーター加群である。特に KK は有限生成 AA-加群であり、したがって有限生成 RR-加群でもある。

よって Nakayama の補題を RR-加群 KK とイデアル (T)(T) に適用すると、K=(T)KK=(T)Kであることから、

K=0K=0

が従う。

したがって、

ker(f)ker(fN)=K=0\ker(f) \subset \ker(f^N)=K=0

である。ゆえに ker(f)=0\ker(f)=0 である。

つまり ff は単射である。仮定より ff は全射でもあるので、ff は同型である。

以上で命題が示された。

※ 最後の単射性は蛇の補題を用いれば証明を短くできる。


5. 左ネーター環への応用(右ネーターも同様に可能)

次に、片側ネーター環 AA の元 a,bAa,b \in A について、ab=1ab=1 ならば ba=1ba=1 であることを示す。

AA が左ネーター環である場合を考える。

このとき、AA は左 AA-加群としてネーターである。

写像

ρb:AA\rho_b : A \to A

ρb(x):=xb\rho_b(x) := xb

によって定める。これは右から bb を掛ける写像である。

この写像は左 AA-加群準同型である。実際、任意の α,xA\alpha,x \in A に対して、

ρb(αx)=(αx)b=α(xb)=αρb(x)\rho_b(\alpha x) = (\alpha x)b = \alpha(xb)=\alpha \rho_b(x)

である。

次に、ρb\rho_b が全射であることを示す。任意の xAx \in A に対して、ab=1ab=1 より、

x=x1=x(ab)=(xa)b=ρb(xa)x = x \cdot 1 = x(ab) = (xa)b = \rho_b(xa)

である。したがって ρb\rho_b は全射である。

AA は左 AA-加群としてネーターなので、先ほどの命題より、全射自己準同型 ρb\rho_b は同型である。特に ρb\rho_b は単射である。

ここで、

(ba1)b=babb=b(ab)b=bb=0(ba-1)b = bab-b = b(ab)-b = b-b=0

である。つまり、

ρb(ba1)=0\rho_b(ba-1)=0

である。

ρb\rho_b は単射だから、

ba1=0ba-1=0

である。したがって、

ba=1ba=1

が従う。

※ この主張自体は、ネーター加群の全射自己準同型性という牛刀割鶏な手法を用いなくても、K=(T)K=(Tn)=0K = (T)K = \cdots (T^n) = 0 を用いて元をこねくり回せばもっと手短に証明できる。


6. Dedekind-finite について

ここまでで示した性質は、環論では Dedekind-finiteco-Hopfian と呼ばれる。

定義

単位元をもつ環 AADedekind-finite であるとは、任意の a,bAa,b \in A に対して、ab=1ab=1 ならば ba=1ba=1 が成り立つことをいう。

つまり、aabb の左逆元であり、bbaa の右逆元であるならば、それらは自動的に両側逆元になる、という性質である。

言い換えると、Dedekind-finite な環では、片側逆元をもつ元は必ず両側逆元をもつ。


7. Dedekind-finite の直感

Dedekind-finite という性質は、有限集合における写像の性質の環論的類似と見ることができる。

有限集合 XX 上の写像 f:XXf : X \to X について、ff が全射ならば単射でもある。したがって、全射自己写像は全単射になる。

今回の議論では、ネーター加群が「有限性条件」を担っている。

実際、ネーター加群 MM 上の全射自己準同型

f:MMf : M \to M

は、核の上昇列

ker(f)ker(f2)ker(f3)\ker(f) \subset \ker(f^2) \subset \ker(f^3) \subset \cdots

が停止するため、Nakayama の補題を用いることで単射であることが分かった。

つまり、ネーター性は、有限集合における「全射なら単射」という性質に対応する代数的な有限性条件である。

そして、この有限性条件を環 AA 自身に加群として適用すると、

ab=1    ba=1ab=1 \implies ba=1

が得られる。

したがって、片側ネーター環は Dedekind-finite になる。


8. その他のDedekind-finiteな環の例(有限環)

単位元をもつ有限環 AA は Dedekind-finite である。

実際、ab=1ab=1 とする。写像

ρb:AA,xxb\rho_b : A \to A,\quad x \mapsto xb

を考える。

任意の xAx \in A に対して、

x=xab=(xa)bx=xab=(xa)b

であるから、ρb\rho_b は全射である。

しかし AA は有限集合なので、全射写像は単射でもある。

そこで、

(ba1)b=babb=b(ab)b=bb=0(ba-1)b=bab-b=b(ab)-b=b-b=0

より、

ρb(ba1)=0\rho_b(ba-1)=0

である。ρb\rho_b は単射だから、

ba1=0ba-1=0

となる。したがって

ba=1ba=1

である。

よって有限環は Dedekind-finite である。

(まあ、有限環はアルティンなので、アルティンならばネーターを用いればすぐなんですがね〜)

9. Dedekind-finite でない環の例

Dedekind-finite でない環の典型例は、無限次元ベクトル空間の自己準同型環である。

VV を体 kk 上の可算無限次元ベクトル空間とし、基底を

e1,e2,e3,e_1,e_2,e_3,\dots

とする。

写像 S,T:VVS,T : V \to V

S(ei)=ei+1S(e_i)=e_{i+1}

および

T(e1)=0,T(ei+1)=eiT(e_1)=0,\quad T(e_{i+1})=e_i

で定める。

このとき、TT は左シフト、SS は右シフトである。

計算すると、任意の i1i \geq 1 に対して

TS(ei)=T(ei+1)=eiT S(e_i)=T(e_{i+1})=e_i

であるから、

TS=idVTS=\operatorname{id}_V

である。

一方、

ST(e1)=S(0)=0ST(e_1)=S(0)=0

であり、これは e1e_1 とは異なる。したがって

STidVST \neq \operatorname{id}_V

である。

よって

TS=1TS=1

だが

ST1ST \neq 1

である。

したがって、Endk(V)\operatorname{End}_k(V) は Dedekind-finite ではない。

この例は、Dedekind-finite 性がある種の「有限性条件」と深く関係していることを示している。

10. 参考文献

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