ネーター加群の全射自己準同型と片側ネーター環における左逆元
単位行列の定義 AX=XA=E で(有限次元)片側さえ示せばよいことの証明は案外難しい。
— Kenji Hiranabe (@hiranabe) May 4, 2026
という話題が文脈です。以下は、ある種の形で一般化し、議論を明瞭にしたものになります。 (この記事を書いているときに、私はこの話題は知りませんでした。)
1. 主張
この記事では次の二つの事実を証明する。
まず、 をネーター -加群とし、 を全射な -加群準同型とする。このとき、 は同型である。
次に、この結果を用いて、片側ネーター環 の元 について、 ならば であることを示す。
2. ネーター加群の全射自己準同型は同型である
命題
をネーター -加群とする。-加群準同型 が全射ならば、 は同型である。
証明.
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が同型であることを示すには、全射性は仮定しているので、単射性を示せばよい。
各 に対して、
とおく。このとき、
という の部分加群の上昇列を得る。
実際、 ならば であるから、
となり、 である。したがって である。
ここで はネーター加群なので、部分加群の上昇列条件を満たす。したがって、ある が存在して、
となる。
この安定した部分加群を
とおく。
2.1. 安定した核 に対する考察
まず、 を示す。
とすると、 である。したがって、
なので、 である。ゆえに である。
逆に、 をとる。 は全射なので、ある が存在して、となる。
このとき だから、である。
したがって、
となる。
よって である。
しかし だから、 である。したがって である。
以上より、
が成り立つ。
2.2. Nakayama の補題を利用する
なので、 上では である。
ここで、 を -加群とみなす。ただし、 の作用を によって定める。つまり、
とする。
上では なので、
であり、この作用は確かに -加群構造を定める。
(この、 加群 を を用いて -加群とみなすのは、松村可換環論などでよく見られるように、可換環論の基本的なものある。)
また、先ほど示した は、この加群構造のもとで
を意味する。
ここで、 とおく。イデアル は nilpotent である。実際、
である。したがって は の Jacobson 根基に含まれる。
また、 はネーター加群なので、その部分加群 もネーター加群である。特に は有限生成 -加群であり、したがって有限生成 -加群でもある。
よって Nakayama の補題を -加群 とイデアル に適用すると、であることから、
が従う。
したがって、
である。ゆえに である。
つまり は単射である。仮定より は全射でもあるので、 は同型である。
以上で命題が示された。
※ 最後の単射性は蛇の補題を用いれば証明を短くできる。
3. 左ネーター環への応用(右ネーターも同様に可能)
命題
片側ネーター環 の元 について、 ならば である。
証明.
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が左ネーター環である場合を考える。
このとき、 は左 -加群としてネーターである。
写像
を
によって定める。これは右から を掛ける写像である。
この写像は左 -加群準同型である。実際、任意の に対して、
である。
次に、 が全射であることを示す。任意の に対して、 より、
である。したがって は全射である。
は左 -加群としてネーターなので、先ほどの命題より、全射自己準同型 は同型である。特に は単射である。
ここで、
である。つまり、
である。
は単射だから、
である。したがって、
が従う。
※ この主張自体は、ネーター加群の全射自己準同型性という牛刀割鶏な手法を用いなくても、 を用いて元をこねくり回せばもっと手短に証明できる。
4. Dedekind-finite について
ここまでで示した性質は、環論では Dedekind-finite や co-Hopfian と呼ばれる。
定義
定義
単位元をもつ環 が Dedekind-finite であるとは、任意の に対して、 ならば が成り立つことをいう。
つまり、 が の左逆元であり、 が の右逆元であるならば、それらは自動的に両側逆元になる、という性質である。
言い換えると、Dedekind-finite な環では、片側逆元をもつ元は必ず両側逆元をもつ。
5. Dedekind-finite の直感
Dedekind-finite という性質は、有限集合における写像の性質の環論的類似と見ることができる。
有限集合 上の写像 について、 が全射ならば単射でもある。したがって、全射自己写像は全単射になる。
今回の議論では、ネーター加群が 「有限性条件」 を担っている。
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実際、ネーター加群 上の全射自己準同型
は、核の上昇列
が停止するため、Nakayama の補題を用いることで単射であることが分かった。
つまり、ネーター性は、有限集合における「全射なら単射」という性質に対応する代数的な有限性条件である。
そして、この有限性条件を環 自身に加群として適用すると、
が得られる。
したがって、片側ネーター環は Dedekind-finite になる。
6. その他のDedekind-finiteな環の例
- 単位元をもつ有限環 は Dedekind-finite である。
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実際、 とする。写像
を考える。
任意の に対して、
であるから、 は全射である。
しかし は有限集合なので、全射写像は単射でもある。
そこで、
より、
である。 は単射だから、
となる。したがって
である。
よって有限環は Dedekind-finite である。
(まあ、有限環はアルティンなので、アルティンならばネーターを用いればすぐなんですがね〜)
- 半局所環、特に局所環は Dedekind-finite である。
- 域は Dedekind-finite である。
- 半単純環は Dedekind-finite である。
7. Dedekind-finite でない環の例
Dedekind-finite でない環の典型例は、無限次元ベクトル空間の自己準同型環である。
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を体 上の可算無限次元ベクトル空間とし、基底を
とする。
写像 を
および
で定める。
このとき、 は左シフト、 は右シフトである。
計算すると、任意の に対して
であるから、
である。
一方、
であり、これは とは異なる。したがって
である。
よって
だが
である。
したがって、 は Dedekind-finite ではない。
この例は、Dedekind-finite 性がある種の「有限性条件」と深く関係していることを示している。
10. 参考文献
- 松村英之『可換環論』共立出版.
- T. Y. Lam, A First Course in Noncommutative Rings, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics 131, Springer, 2001.
- Wikipedia contributors, “Dedekind-finite ring,” Wikipedia, The Free Encyclopedia. URL: https://en.wikipedia.org/wiki/Dedekind-finite_ring
- nLab, “finite object.” URL: https://ncatlab.org/nlab/show/finite+object
- nLab, “Hopfian group.” URL: https://ncatlab.org/nlab/show/Hopfian+group