射影スペクトラム Proj の自然な構成
文脈
という私の友人の疑問にるめなるさん(@Re1yra)が下で書く内容のことについて言及されていてなるほどな〜となったので、私のメモをある程度体裁を整えて書いたようなものになります。
はじめに
スキーム論では、可換環 A から関手 Spec(−) によって affine scheme SpecA を作る。この構成は基本的なもので、「環を幾何空間として見る」ための中心的な道具である。
しかし、代数幾何で扱いたい空間は affine なものだけではない。特に射影空間
Pkn
や、その中の射影多様体を自然に扱うためには、Spec だけでは不十分である。
そこで登場するのが、次数付き環 S から射影的な空間を作る構成
ProjS
である。
この記事では、Proj がなぜ自然な構成なのかを、次の観点から説明する。
- 射影幾何の必要性
- 同次座標と次数付き環
- 基本開集合 D+(f) と次数 0 部分 (Sf)0
- categorical quotient としての Proj
結論から言えば、Proj は同次データから「比」だけを取り出して、射影的な空間を作る構成という射影空間の構成そのものである。この背景には
Claim
S : 次数付き環.
ProjS=(SpecS∖V(S+))//Gm
がある。
1. そもそもなぜ射影幾何が必要なのか
パップスの定理やデザルグの定理やパスカルの定理に見られるように古くから射影空間の概念は見られた。パップスの定理に至っては、4世紀ぐらいの話である。
まず、射影幾何そのものがなぜ必要なのかを確認する。
affine 平面 A2 では、点は通常の座標
(x,y)
で表される。例えば二つの直線
y=0,y=1
を考えると、これらは平行であり、A2 の中では交わらない。
しかし、射影幾何では A2 を射影平面 P2 の中に埋め込んで考える。
射影平面 P2 の点は、同次座標
[X:Y:Z]
で表される。ただし、
[X:Y:Z]=[λX:λY:λZ](λ=0)
と同一視する。
affine 平面 A2 は、P2 の開部分 Z=0 と同一視される。具体的には、
(x,y)⟼[x:y:1]
によって埋め込まれる。
この対応のもとで、Z=0 の部分では
x=ZX,y=ZY
と見なせる。
ここで affine 直線
y=0
を射影平面に移すことを考える。y=Y/Z なので、
ZY=0
である。Z=0 の範囲ではこれは
Y=0
と同値である。したがって、y=0 の射影化は
Y=0
で与えられる。
同様に、affine 直線
y=1
は
ZY=1
と書けるので、
Y=Z
となる。したがって、y=1 の射影化は
Y−Z=0
で与えられる。
この二つの射影直線の交点を求めると、
Y=0,Y=Z
を同時に満たす必要がある。
Y=0 かつ Y=Z なので、
Z=0
も従う。したがって交点は
Y=0,Z=0
を満たす射影点である。
射影点では [X:Y:Z] のすべての成分が同時に 0 であってはいけないので、X=0 である。よって、この点は
[X:0:0]
と書ける。さらに射影座標では非零スカラー倍を同一視するので、
[X:0:0]=[1:0:0]
である。
したがって、二つの平行な affine 直線
y=0,y=1
は、射影平面 P2 の中では
[1:0:0]
で交わる。
この点は Z=0 を満たすので、affine chart Z=0 には含まれない。つまり、affine 平面 A2 には存在しない点である。このような点を無限遠点という。
また、P2 において
Z=0
で定義される直線を無限遠直線という。
以上より、射影幾何では、affine 平面では交わらない平行線も、無限遠点で交わると考える。
このように無限遠点を加えることで、交点の数や図形の極限が安定する。例えば射影平面では、異なる二直線は必ず一点で交わる。また、適切に重複度を数えれば、次数 m の曲線と次数 n の曲線は mn 個の交点を持つ、という Bézout の定理も自然に現れる。
したがって射影幾何は、代数的図形を無限遠まで含めて閉じた形で扱うための幾何である。
2. Spec だけでは足りない
可換環 A に対して SpecA を作ると、これは affine scheme である。
例えば
Akn=Speck[x1,…,xn]
である。
しかし射影空間 Pkn は、一般には affine scheme ではない。特に
Pk1
は affine ではない。
実際、Pk1 の大域正則関数は定数しかないので、
Γ(Pk1,OP1)=k
である。もし Pk1 が affine なら、
Pk1≅SpecΓ(Pk1,OP1)=Speck
となってしまう。しかしこれは明らかに Pk1 とは異なる。
つまり、大域関数環だけを見る Spec の構成では、射影空間の幾何を十分に記述できない。
そこで、射影幾何に適した代数的データとして 次数付き環を考える。
3. 射影空間と同次座標
射影空間 Pkn の点は
[x0:⋯:xn]
と表される。
ただし、
[x0:⋯:xn]=[λx0:⋯:λxn](λ∈k×)
である。
つまり射影空間では、座標そのものではなく、スカラー倍を同一視した「方向」だけが意味を持つ。
このとき、関数として自然に現れるのは xi そのものではなく、
xixj
のような比である。
例えば Pk1 の点は [x0:x1] と表される。開集合 x0=0 では、
x0x1
が affine 座標になる。
同様に、Pkn の開集合 xi=0 では、
xix0,…,xixi,…,xixn
が座標になる。
したがって射影幾何では、座標そのものではなく、同次座標の比が本質である。
4. 次数付き環
射影空間の同次座標を代数的に扱うためには、次数付き環を使う。
例えば
S=k[x0,…,xn]
に
degxi=1
という次数を入れる。
すると
S=d≥0⨁Sd
と分解される。ここで Sd は d 次同次多項式全体である。
射影空間の閉部分集合は、同次多項式で定義される。
なぜなら、F が d 次同次式なら、
F(λx0,…,λxn)=λdF(x0,…,xn)
なので、
F(x0,…,xn)=0
という条件はスカラー倍に依存しないからである。
したがって、射影幾何では通常のイデアルではなく、斉次イデアルを考える。
このように、射影幾何の代数的概念として自然に現れるのが次数付き環である。
5. Gm 作用としての次数付き環
次数付き環は、幾何的には Gm 作用と対応する。
ここで
Gm=Speck[t,t−1]
は乗法群である。
例えば
S=k[x0,…,xn]
に degxi=1 という次数を入れると、
SpecS=Akn+1
には
Gm
が
λ⋅(x0,…,xn)=(λx0,…,λxn)
によって作用する。
これはまさに、射影空間で同一視したいスカラー倍の作用である。
より一般に、S=⨁d∈ZSd が次数付き環であるとき、SpecS には Gm 作用が入る。
環準同型の言葉で書くと、斉次元 f∈Sd に対して
f⟼f⊗td
とすることで、
S⟶S⊗kk[t,t−1]
が得られる。これは SpecS への Gm 作用を表している。
したがって、
次数付き環↔Gm 作用付き affine scheme
という対応がある。
この視点から見ると、Proj は Gm作用で割って、スカラー倍を忘れる構成として理解できる。
6. Proj の直観的定義
次数付き環
S=d≥0⨁Sd
を考える。
正次数部分
S+=d>0⨁Sd
を irrelevant ideal という。
例えば
S=k[x0,…,xn]
なら
S+=(x0,…,xn)
であり、これは An+1 の原点に対応する。
射影空間では
[0:⋯:0]
は点ではない。したがって、affine cone の原点は除くべきである。
そこで直観的には
ProjS
を
SpecS∖V(S+)
から作る。
さらに、SpecS には次数付けに由来する Gm 作用があるので、スカラー倍を同一視して
ProjS∼(SpecS∖V(S+))/Gm
となりそうな雰囲気がある。
つまり、ProjS は、affine cone から原点を除き、スカラー倍で割ったものであるとだいたい考えられる。
一般にはこの商を通常の位相空間やスキームとして単純に作れるとは限らない。そのため、Proj は斉次素イデアルと基本開集合を用いて定義される。
7. Proj の定義
S=⨁d≥0Sd を非負次数付き環とする。
ProjS の underlying set は
ProjS={p⊂S∣p は斉次素イデアルであり S+⊂p}
で定義される。
ここで条件
S+⊂p
は、原点に対応する部分を除く条件である。
斉次イデアル I⊂S に対して、
V+(I)={p∈ProjS∣I⊂p}
と定める。これらを閉集合として、ProjS に Zariski topology を入れる。
特に、斉次元 f∈S に対して、
D+(f)={p∈ProjS∣f∈/p}
と定義する。
この D+(f) が ProjS の基本開集合になる。
8. なぜ (Sf)0 が出てくるのか
Proj の構造層で最も重要なのは、
D+(f)≅Spec(Sf)0
という事実である。
ここで f は斉次元であり、Sf は f による局所化、(Sf)0 はその次数 0 部分である。
なぜ次数 0 部分を取るのか。
Sf の元は
fmg
の形で表される。ただし g は斉次元とする。
この元の次数は
degg−mdegf
である。
射影幾何ではスカラー倍で変わらない量だけが意味を持つ。次数 0 の元は、Gm 作用に関して不変な関数に対応する。
したがって、
(Sf)0
は
D(f)⊂SpecS 上の Gm 不変関数の環
と考えられる。
つまり
D+(f)=Spec(Sf)0D_+(f)=\operatorname{Spec}(S_f)_0D+(f)=Spec(Sf)0
という定義は、スカラー倍で変わらない「比」だけを座標として考えるという射影幾何の思想を反映している。
9. categorical quotient とは何か
群作用による商をスキーム論で扱うとき、単に点集合の商を取るだけでは不十分である。代数幾何では、商を普遍性によって定義するのが自然である。
基底スキーム BBB 上の群スキーム GGG が、BBB-スキーム XXX に作用しているとする。作用射を
a:G×BX→Xa:G\times_B X\to Xa:G×BX→X
と書き、第二射影を
p2:G×BX→Xp_2:G\times_B X\to Xp2:G×BX→X
と書く。
定義
BBB-射
q:X→Yq:X\to Yq:X→Y
が GGG-作用に関して不変であるとは、
q∘a=q∘p2q\circ a=q\circ p_2q∘a=q∘p2
が成り立つことをいう。
categorical quotient の定義
定義
GGG-不変射
q:X→Yq:X\to Yq:X→Y
が categorical quotient であるとは、任意の BBB-スキーム TTT に対して、任意の GGG-不変射
f:X→Tf:X\to Tf:X→T
が一意的に YYY を経由することをいう。
図式で書けば、
X→fT↓q↗fˉYX→fT↓q↗fˉY\begin{array}{ccc}
X & \xrightarrow{f} & T \\
\downarrow q & \nearrow_{\bar f} & \\
Y & &
\end{array}X↓qYf↗fˉTX↓qYf↗fˉT
である。
言い換えると、
HomB(Y,T)≅HomB(X,T)G\operatorname{Hom}_B(Y,T)
\cong
\operatorname{Hom}_B(X,T)^GHomB(Y,T)≅HomB(X,T)G
が自然に成り立つ、ということである。
ここで
HomB(X,T)G\operatorname{Hom}_B(X,T)^GHomB(X,T)G
は、GGG-不変な BBB-射 X→TX\to TX→T 全体を表す。
さらに圏論的に言えば、q:X→Yq:X\to Yq:X→Y は
G×BX⇉XG\times_B X
\rightrightarrows
XG×BX⇉X
という二つの射
a, p2:G×BX→Xa,\ p_2:G\times_B X\to Xa, p2:G×BX→X
の coequalizer である。
categorical quotient は必ずしも軌道空間ではない
注意すべき点は、categorical quotient は必ずしも素朴な意味での軌道空間ではない、ということである。
点集合として
Y(k)=X(k)/G(k)Y(k)=X(k)/G(k)Y(k)=X(k)/G(k)
となるとは限らない。
categorical quotient は、点の集合としての商ではなく、GGG-不変な射を普遍的に分解する対象である。
affine categorical quotient
特に XXX が affine の場合には、categorical quotient は不変関数環によって記述される。
kkk を体とし、GGG が affine 群スキーム、X=SpecAX=\operatorname{Spec}AX=SpecA とする。GGG が XXX に作用しているとき、環 AAA には余作用
ρ:A→A⊗kO(G)\rho:A\to A\otimes_k \mathcal O(G)ρ:A→A⊗kO(G)
が入る。
このとき、不変元の部分環を
AG={a∈A∣ρ(a)=a⊗1}A^G
=
\{a\in A\mid \rho(a)=a\otimes 1\}AG={a∈A∣ρ(a)=a⊗1}
と定める。
すると、包含
AG↪AA^G\hookrightarrow AAG↪A
から射
q:SpecA→SpecAGq:\operatorname{Spec}A\to \operatorname{Spec}A^Gq:SpecA→SpecAG
が得られる。
この射は、affine scheme を対象とする範囲では categorical quotient である。
すなわち、任意の affine scheme T=SpecRT=\operatorname{Spec}RT=SpecR に対して、GGG-不変射
SpecA→SpecR\operatorname{Spec}A\to \operatorname{Spec}RSpecA→SpecR
は一意的に
SpecAG\operatorname{Spec}A^GSpecAG
を経由する。
したがって、affine な状況では
SpecA//G=SpecAG\operatorname{Spec}A//G
=
\operatorname{Spec}A^GSpecA//G=SpecAG
と書ける。
この記号 ////// は、通常の軌道空間ではなく、不変関数環によって定義される categorical quotient を表す。
10. categorical quotient としての Proj\operatorname{Proj}Proj
斉次元 s∈Sds\in S_ds∈Sd に対して
s⟼s⊗tds\longmapsto s\otimes t^ds⟼s⊗td
と定めることで、余作用
S→S⊗kk[t,t−1]S\to S\otimes_k k[t,t^{-1}]S→S⊗kk[t,t−1]
が得られるのだった。
この作用に対して、
U=X∖V(S+)U=X\setminus V(S_+)U=X∖V(S+)
を考える。UUU は Gm\mathbb G_mGm-安定な開部分スキームである。
斉次元 f∈S+f\in S_+f∈S+ に対して、
D(f)=SpecSfD(f)=\operatorname{Spec}S_fD(f)=SpecSf
は UUU の Gm\mathbb G_mGm-安定な affine open である。
このとき、SfS_fSf は Z\mathbb ZZ-次数付き環になり、Gm\mathbb G_mGm-不変元はちょうど次数 000 の元である。すなわち、
(Sf)Gm=(Sf)0(S_f)^{\mathbb G_m}=(S_f)_0(Sf)Gm=(Sf)0
である。
したがって affine categorical quotient は
D(f)//Gm=Spec(Sf)Gm=Spec(Sf)0D(f)//\mathbb G_m
=
\operatorname{Spec}(S_f)^{\mathbb G_m}
=
\operatorname{Spec}(S_f)_0D(f)//Gm=Spec(Sf)Gm=Spec(Sf)0
である。
一方、ProjS\operatorname{Proj}SProjS の基本開集合は
D+(f)≅Spec(Sf)0D_+(f)\cong \operatorname{Spec}(S_f)_0D+(f)≅Spec(Sf)0
である。
よって
D+(f)=D(f)//GmD_+(f)=D(f)//\mathbb G_mD+(f)=D(f)//Gm
と理解できる。
つまり、ProjS\operatorname{Proj}SProjS は、U=SpecS∖V(S+)U=\operatorname{Spec}S\setminus V(S_+)U=SpecS∖V(S+) を Gm\mathbb G_mGm で割ったものを、基本開集合ごとの affine categorical quotient として構成したものである。
この意味で、
ProjS=U//Gm\operatorname{Proj}S
=
U//\mathbb G_mProjS=U//Gm
と書くことができる。
ただし、この等式の右辺は、、UUU を Gm\mathbb G_mGm-安定な affine open D(f)D(f)D(f) たちで覆い、それぞれの affine categorical quotient
D(f)//Gm=Spec(Sf)0D(f)//\mathbb G_m
=
\operatorname{Spec}(S_f)_0D(f)//Gm=Spec(Sf)0
を貼り合わせて得られるスキームを意味する。
最後に
あれこれ書きましたが、私はこれで Proj\operatorname{Proj}Proj について納得できてしまっていて、Mark6 さんの疑問を解決することはできそうにないです......
この categorical quotient としての Proj の考え方は quotient stack まで持ち上げられるはずなんですけど、algebraic stack はからっきしなので、これについては algebraic stack についてちゃんと何か読んでから勉強したいですね。
参考文献
- Qing Liu, Algebraic Geometry and Arithmetic Curves, Oxford University Press, 2002.
- David Mumford, John Fogarty, and Frances Kirwan, Geometric Invariant Theory, 3rd ed., Springer, 1994.
- Ravi Vakil, The Rising Sea: Foundations Of Algebraic Geometry,
URL: https://math.stanford.edu/~vakil/216blog/FOAGoct2125public.pdf
- るめなる(@Re1yra), “可換環上の次数付けと Spec への乗法群の作用の対応.”
URL: https://mono9rome.com/blog/graded-rings-and-actions-of-gm/
- MathOverflow, “Geometric construction of Proj as a quotient by a Gm\mathbb G_mGm action.”
URL: https://mathoverflow.net/questions/238380/geometric-construcion-of-proj-as-a-quotient-by-a-mathbbg-m-action
- The Stacks Project, “Proj of a graded ring.”
URL: https://stacks.math.columbia.edu/tag/01M3
- ---, “Proj of a graded ring,” Algebra chapter.
URL: https://stacks.math.columbia.edu/tag/00JM
- ---, “Categorical quotients.”
URL: https://stacks.math.columbia.edu/tag/048I
- ---, “Good quotients.”
URL: https://stacks.math.columbia.edu/tag/04AB
- nLab, “projective scheme.”
URL: https://ncatlab.org/nlab/show/projective+scheme